ポカホンタス系女子
ツイッターでポカホンタス系女子というワードが賑わせているが、一体ポカホンタスとは何なのか。海外在住日本人女子すべてを指しているのか。何なのか。
ポカホンタスとして挙げられている特徴が、
- 白人男性と付き合っている又は結婚してる
- 髪型が黒髪でストレート
- 日本では個性的だったのに海外では無個性
- 日本人男性をディスる
- 日本文化をディスる
- カタカナを使う
- 自尊心が高い
- 海外文化かぶれ
- 上記すべてをSNS等で全面に押し出している
ツイッターを探ればもっと色々出てくるであろうが、よく見たものを挙げてみた。
白人夫

1つ目の白人男性だが、アメリカ人夫がいます=白人夫です、と勘違いして発言している人が多かった。海外に出てみないと実感できないかもしれないが、アメリカもどこの国も白人だけしかいないということはあり得ない。特にアメリカなんて移民がどうの以前に白人だけの国ではないし、それに移民が何十年も入り続けてアジアからもアフリカからもヨーロッパからも移住している人がいるわけだ。アメリカ人夫は必ずしも白人夫でないのは常識である。そして白人だとキラキラで、白人でないとどうなるのだろうか?人種で格差があるのだろうか?
黒髪ストレート
髪型が黒髪でストレートなのは 、正直日本でもモテる髪型としてよく言われるし、ほとんどの日本人女性の髪形は伸ばせば黒髪ストレートがナチュラルな結果である。むしろ日本人としてのアイデンティティともとれる。海外に出たら日本人オシャレ女子のように1か月に1回美容院に行ってトリートメントしてカットしてカラー整えてみたいなことは金銭的に時間的に立地的にと色々な壁があり、黒髪ストレートが一番節約できるのだ。何度かオーストラリアの日本人専門の美容院に行ったことがあるが、学生でいる自分には高すぎるうえに、東京の美容院に比べてクオリティが尋常じゃなく低かった。1000円カット並みのクオリティ。キレそうになった。場所にもよるが。日本で女性が美容院選ぶのって、色々通ってみて好みの場所を見つけたりするだろう。そんなことは移住先ではよほど金と時間に余裕がないとできないし、選択肢もない。海外在住でも髪は日本に一時帰国した際に切る人も多くいるほどなのだ。日本には黒髪ストレートはいないのだろうか?
個性
日本にいる際は、個性的でも海外にいったら無個性というのは、当たり前である。海外のファッションセンスを好む人そのファッションをしていたらもちろん日本では個性的に見えるが、海外に出たら皆着ている普段着であろう。例えば、日本ではあまり原色のみの服装などないが、海外ではむしろ原色が多い。日本で無個性の服を着ていたら、それで海外にいったら個性的なファッションになるのと一緒である。日本文化が大好きな女性がときどき日本の服をオンラインで買っていたりする。
日本人男性をディスる
日本人男性をディスるのは 正直筆者も好きではない。私は色々な国籍の人と交際したことあるが、もちろん日本人とも交際したことがあるし、結婚までいきそうになったのも日本人の男性だった。日本人男性が嫌だから海外の人と付き合う女性にロクな人はいない気がする。深く知り合えば、正直日本人男性も海外の男性も違いはなく、皆不安があったり女の人に自信がなかったり、一緒なのだ。文化の違いで愛情表現の違いがあるのは確かであるが、日本人男性だって激しい愛情表現する人もいれば海外の男性でシャイで何も言えない人もいる。よく、激しく愛情表現してくれるから海外男性がいいという人がいるが、それはたまたまそういう人と会っただけで、多種多様な男性と会ったことがないだけなのだ。知人のアメリカ人男性は、日本で英語の先生をしていた際にあまりに日本人女性が積極的で恐怖を抱いたらしい。彼はとてもシャイで女性が元々苦手だったが、日本にいたことでトラウマになったという。
日本文化をディスる
日本文化をディスるのは、 個人の勝手である。自分の会社の文句や、子育てに参加しない旦那の文句や、親の文句、恋人の文句、学校の文句を言っているのと一緒である。その環境にいたからこそ、「嫌な」思い出や考えが生まれたわけで、食わず嫌いしているわけではない。会社が嫌で辞めた元同僚が、まだそこで働いている自分にひたすら文句言ってくるのと一緒で、文化が嫌だからそこから自分の力で飛び出したのなら行動力をほめるべき。その環境にいて、さらに違う環境も知っているからこそお互いの良い点もわかるし、それでも嫌な点があるからのディスりなのである。会社だって、「この福利厚生がいいし、この点は自分に合っているけど、その他全部嫌」ってのもあれば「給料が増えないからこの仕事は嫌」って一点が嫌すぎて辞めることもあるだろう。会社も恋人も、自分に合う合わないがあって当然で、選び放題だし、ディスりは勝手だろう。日本人なのだから、まるで自分は日本人ではないような口ぶりをするな、という声もあったが、日本出身でも海外にずっと住んでいたら感覚は世界基準で日本人とはかけ離れているし、日本人だからオリジンを忘れるな、というのはもはや呪いである。「村の掟を守って豊作祈願の人柱になるんだよ」くらい古く、人権や権利、選択肢を完全無視した押し付けであるし、鎖国する日本で産まれてしまったから付きまとう「呪い」。「新入社員らしくしろ」「女らしくしろ」「男らしくしろ」「子供らしく、大人らしくしろ」「日本人らしくしろ」「らしく」しないと叩き続ける人間がいるからこそ、当てはまらず飛び出したり病んでいく人間がいる。世界に羽ばたくための羽を毟りとるような言い分である。〇〇人だから、ではなく個人の個性や魅力で勝負するのを応援すべきであるし、嫌なものは嫌でいいのだ。
カタカナ、片言
カタカナだが、何年もずっと英語で話していれば咄嗟に日本語で言いたいことがでてこないことがあるのは当然だけど、これは実際に経験してみないとわからないことである。
自尊心が高すぎる
自尊心が高いのは悪い ことなのだろうか?元々女性に権利がなかったり、常に男性より前に出てはいけない文化であった日本で、今の時代に自尊心を持って、自分の道を行けるのは素晴らしいことである。男性から好かれるためにモテ服を着るのではなく、自分が好きだからこの服を着る。男性から好かれるためにモテ化粧をするのではなく、自分が綺麗だと思う化粧をする。「男はこれくらいぽっちゃりの体型がいいんだよ、残念だなぁ」とジムに通ってスレンダーな女性に、まるで男に好かれる体型にした方がよいかごとくコメントするモテない古臭い男性の話はよく聞く。「モテないぞー」というアドバイスほどクソバイスはない。男性のために、ではなく自分のために。自分はこのレベルが欲しい、自分はこれを手にする価値がある。自分はこの見た目になりたい。自分を下げて下げて誰かのために着地するより、なりたい自分に、上を目指していっていい時代なのだ。女性も男性も一緒。
海外かぶれ
これはやっかみであるのは明白である。海外文化に親しむのは悪いことではなく趣味の一環でもよいし、現地に在住したら必須である。現地の人は移民に対して現地の文化に親しんでほしいと願うのは当然で、日本も同じである。日本にいる外国人に、母国の文化丸出しで生活されたら共存しづらいであろう。店から「後で払うから」と品物を持っていかれたり、品物をすべて開封されたり、使用済みの良品の品物をレシートもなしに返品されたり、トイレの使用済みのティッシュをごみ箱にためられたり、電車の中で爆音の音楽かけてダンスが始まったり、急に家におしかけてきて「子供がお菓子食べたいっていうからあなたの家に来たの。お菓子あるでしょ」なんて来たら、日本文化にある程度従ってくださいとなる。それはマナーだけでなく、現地の常識、皆知っているポップカルチャーから伝統から歴史まである程度学ばなければならない。日本にいようと、日本の文化から歴史まで精通している人は少ないし、そこまで教育で重視されなくなったこれからではある程度知っている人すら少なくなっていくだろう。何に重きを置くかはその人自身や家族が決めるもので、自分の狭い世界しか知らない他人にどうこう言われるものではない。韓国文化ラブな人たちも大勢いれば、日本の文化が大好きな人もいて、何でもよいのだ。
SNSで全面に押し出している
最後の、「上記すべてをSNSで全面に押し出している」だが、正直筆者はこれをする人の気持ちはあまりわからない。ただ、自分がわからないから間違っているわけでは到底なく、自分の趣味ではないだけ。根源に、SNSとはそれぞれの好きなアカウントを作って、意見の発信・議論、共通の趣味を持つ友人を見つけたり、イベントを開催したり、どんな繋がりをも作れるような媒体である。仕事やバイトも見つけられるし、ツイッターのような一言呟くこともできれば、面白い動画を発信してシェアする。そう、「シェア」のためにあるのだ。趣味を、意見を、情報をシェア。ということはアカウントに何を書いてあっても、その持ち主が「シェア」したいと思えば何を書いてもよい。もちろん誹謗中傷や法律にひっかかることはダメだが。シェアの相手を集めるためには、己の趣味や何等かの方法で自分をカテゴリー化し、同カテゴリーの相手を集める必要がある。「〇〇高〇〇期卒」「海外旅行」「アニメ」「ママ友」「仕事」。自分が〇〇派として認識してほしいカテゴリーをアカウントに書くのは、集客として間違っていない方法である。「〇〇人夫と日本人妻」もカテゴリー化の一部であり、同じカテゴリーまたは興味がある人を集めたいのなら、必要である。オンラインショッピングでも、一つの商品を見ると同じカテゴリーの商品がおすすめで出てきたり、同じような商品を探すのに使うだろう。カテゴリー化はこの情報過多な時代には必須なのである。
そして、カテゴリー自体「国際恋愛」などの既存のカテゴリーに疑問を抱くのも、もちろん意見の違いとしてあり得る話でまたそれも「なんだなんだこれはぁ?」とSNSを開いて、そのアカウントを覗いてしまう罠である。今回の件はこのカテゴリー化を、「ブランド化」していると勘違いして叩かれている気がする・・・。皆に好かれることが目的ではなく、より注目を浴びることがSNSの真意であり、アンチがいるほどそれほど閲覧数や人気が高い証拠でもある。
結論、どうでもよい。
色々意見を載せてみたが、正直ポカホンタスだろうがポカリスエットだろうが何でもよい。SNSという極論「開けば負け」な媒体で「こいつが気に食わない」と議論をしている時点でSNSの罠にはまっていて、気に食わないこいつの名前を出せば出すほど知名度が上がっていく。
ポカホンタスと呼ぶ人たち
一つ、なぜポカホンタスという思想が出てきたのかを考える。「どこか違う世界でやり直してみたい」「新しい生活を始めてみたい」「自分に自信をもてるような暮らしがしたい」けど勇気がなくてできない人たちが、SNSで全面に出している人を見て、もしやっかみでそれを言っているのなら、それはどんまい以外の何物でもない。
勇気がもてるかどうかは能力と経験と環境によるから、勇気が持てない人はそのまま何も変わらずに果てていくだけ。自分にない勇気を持っている誰かに心の底では嫉妬の塊なのだ。ただ単に「キラキラしてるのを押し付けてきて、まるで自分がエラいみたいでムカつくから」なら、それもそれでどんまいである。思春期の男子が、お母さんがこれも食べなさいと出してくる料理に「うざいんだよ」と言ってしまうのと同じレベルであり、色々根拠や屁理屈を並べてもお母さんから見ると「あんたぁ、またそんなこと言って。勉強しなさい!」と同じ。きわめて偏屈で中二病のような感情論で説き伏せようとしてもやはり、無理な話である。彼らは人の上に立っていないとイライラしてしまうタイプの人である。SNSといった匿名又は著しく薄い関係性の中でも、「この人が幸せを全面に押し出すのがムカつく」「白人の旦那見つけた人は私を見下してるに違いない」と自分の立場が弱者になってしまったと妄想し、強者の存在自体を叩くことで強制的に自分が優位であると自身に知らしめる。自分自身の威厳は守られるが、客観的に見れば滑稽そのものである。自分は買ってもいない宝くじを知人が高額当選してしまったときや、ずっと彼氏がいなくていつもアドバイスしてあげていたとても仲の良い女友達が先に結婚してしまったときに、陰口を叩いて自分の後悔や嫉妬を晴らすような人間である。生理的に無理なら言葉を交わしても着地点はないし、特にこれといった根拠がなければ聞く意味もない。
世界の流れに乗れ
ただ、一つだけ言いたいのが、ポカホンタスをいじる用語として使うのは世界では完全にタブー。どんな理由を並べても、どんな根拠や「これだからでしょ」と並べても、差別用語を使うのは絶対にタブーであり非常識極まりない。アジアはまだ人の見た目をネタにして笑っていい文化であるが、外に出ると人の見た目をいじること
は好まれない。日常で見た目の話は出てこないし、日本の女芸人のブスネタのようなものは軽蔑されるし全く理解されない。どんな見た目でも幸せになる権利があるからだ。某女性芸人がアメリカ進出した際に、日本では「女性らしくない」見た目や動きで笑いをとっていたのに比べ、アメリカでの反応は「パフォーマンスとしてレベルが高い。個性がすごい。」で笑いではなく拍手がおきるものであった。ネットの誹謗中傷なんだからそんな大層なことを言うな、という声もあったが、今回のこの件によって、多くの日本人の人種差別や見た目差別への意識の低さが露呈してしまったのは明らかである。「人種差別とかではなく、こんなことしてるから叩かれてるだけでしょ」というのが多すぎて呆れた。頭が悪すぎやしないか。言葉が悪いけれど、バカすぎる。親から何も教わらなかったの?ニュース見ないの?新聞読まないの?無知すぎる。それを他の民族に他国で言ったら訴えられるし当然負ける。ISISが問題であった際にも、日本のネットのみ、殺害予告された動画や写真でコラ写真を作成して盛り上がっていて、ISISのネット担当者が見て日本は狂っていると発信していた。サミットが開催される際の大量の警察官やごみ箱撤去・テロ対策に対しても文句がネットであげられる。「そんなところに税金を回すな!国民の仕事の妨げになる」。先日の台風の際のホームレスの避難民が避難所から入所を断られたという件も全世界のニュースで取り上げられてしまった。確実にそこにホームレスでない避難民はいたわけで、誰も「何言ってるんだ!危ない!いれてやれ!」と声をあげなかったのか。ホームレスは人権がないというのは日本の文化であると発信したわけである。目の前の問題を自分たちの問題ではなく、他人事に考える傾向があるのかもしれない。日本ではテロが起きるはずがないし、ホームレスは誰かが援助してるし自分とは関係ないと信じこんでいるよう。日本への移民の数は少なく、世界的な流れに乗るどころか流れを全く知らない鎖国状態である事実がここ数年でもはや常識となってしまったが、世界的にみるとまだ経済大国なのである。
自国が世界の一部であることを認識できる日はいつくるのだろうか。いつか開国することはあるのだろうか?とりあえず、自分は井の中の蛙ではなく、きっと多くの重要な経験を積むことができたんだな、ととても幸せな人生を送っている自分に拍手を送りたい。
ちなみに、日本の世界「人助けランキング」は順位最下位。 https://news.yahoo.co.jp/byline/iizukamakiko/20191017-00147100/
東京の駅のホームで体調崩して歩けずに震えて倒れてたら、目の前をかなり混んだ5本電車がすぎてったが誰も助けてくれなかった笑。あの時の見て見ぬふりしてるサラリーマンの顔が忘れられない。自分が家に帰れりゃいいんですよ。他人事だし関わりたくないんでしょうね、面倒に。